アマチュア(素人)によるブログのすすめ。

ブログ書きにおいて、素人と玄人のちがいはなにかと考えてみた。
玄人という表現はしっくりこない。
プロと表現したいが、どうだろうか。
素人をアマチュアとし、玄人をプロとする。


私はブログのアマチュアであり、そもそも趣味で書いている。金はからまない。
ぶっちゃけそういうわけだ。


プロは金をもらう。
その違いだ。


ブログというツールによる個人の吐き出し口を私は歓迎する。
チラ裏という言葉もあるように、くだらないことでも書いて他人の目に晒すことができるなんとすばらしくおそろしいツールであるのがブログだ。


人はいくらでも書こうと思えば罵詈雑言を書くことができる。
ましてや匿名性を帯びたブログであれば、好き勝手に書くことができる。
つまりは、書き手の道徳、リテラシィにすべては委ねられるのである。
なんとすばらしいことか。


人が書くということの自由性を謳歌できるのがブログだ。
個人で書くブログには、基本的には制約はない。
個人情報等晒してはいけない、犯罪予告をしてはいけない、機密事項を漏らしてはいけないなどの決まりごとさえ守れば、
あとは自由だ。


グチを書くのも自由。
上司の文句を書くのも自由。
要は上司本人にバレなければいいのだ。


陰口はなくならないし、ネガコメもなくならない。
そもそも陰口であろうとネガコメであろうと、それはそれとして存在してよいと私は思っている。


陰口をたたかれて傷ついた、ネガコメで凹んだ、それは勝手に本人がそうなっただけだ。
勝手に傷つき、凹んでいるだけだ。


傷つくことなどない、凹むことなどない。
自分が書きたいと思い書いたことなら、それを否定されDisられたとしても気にすることはない。


万人受けのブログはない。
オフレポを喜んで読む人もいれば、オフレポけまらしいとDisる人もいる。
そんなものだ。


オフレポをDisるやつは勝手にDisっておけばいい。
オフレポを書くやつは勝手に書けばいい。


オフレポがけらましいのなら、スルーすればいいのだ。
オフレポを書くやつは書きたいから書いているわけで、
自分の金でオフに参加しているのだから、外野がとやかく言う必要はない。


書きたいやつは書き、読みたいやつが読めばいい。


そこに金銭のやりとりはない。
書き手は無報酬で書き、読み手もただで読んでいる、ただそれだけだ。


金を出して不愉快な思いをするのは腹が立つが、
所詮はWeb上でただで読めるブログだ。
玉石混合。けらましいもの低レベルなものも含まれるものだ。


けらましく感じるのなら、スルーすればいい。
無視すればいい。その方が精神衛生上平穏でいられる。
そう、Disる側もDisられる側も。


けらましい以上に本気で批判したいと思うなら、記事を書くべきだ。
記事を書きトラックバックを送る。
それができるのがブログだ。
同じブログという土俵上で闘え、といいたい。


100文字かそこらのブコメでDisったところで、たいしたことは書けない。
たまたま入ったラーメン屋のラーメンがまずくて、ちっまずいと唾を吐くようなものだ。


ラーメンをDisるのならまだいい。
ラーメンは金を出して買っているのだから。
金を出しただけの味、量がなければ、文句も言いたくなる。
作り手には金額に見合うだけの商品(ラーメン)を用意する必要がある。
それがプロというものだ。


マチュアだから低レベルでも仕方はない。が、アマチュアにしてはうますぎる文章が多々存在するのが今のブログ界だ。
個人の感覚で判断するしかないのだが、素人の私が読んで面白いと思うブログは存在する。


ブログは広く開放されている。ゆえにすばらしい。
素人でもこうして文章を公開することができる。
そのすばらしさを伝えたいと思う。


マチュア(素人)によるブログのすすめ。
書いてどんどん公開すればいいと思う。
もしかしたら、文章を公開すればDisられるかもしれない。ネガコメをくらうかもしれない。
しかし気にしなければいいだけのことだ。
書きたいことを書いたのだから、それでいいではないか。
受け入れられなくても、批判されても。
読み手には批判する自由があるのだから。
誰しもが賛同し、共感するわけではないのだから。


ひとりでも読んで共感してくれれば、それでいいではないか。
あるいは読んでもらえただけでもありがたいではないか。
はてスタの数やブクマの数が問題ではない。
書きたいことを書いているかどうかが重要だ。
他人の評価(はてスタ・はてブ)で一喜一憂するのはムダだ。
ほってんとりいりして喜んでいるやつには喜ばせておけばいい。
はてスタ・はてブの数に生きがいを感じているやつには感じさせておけばいい。
はてスタ・はてブの数で自分自身のブログの価値が決まるわけではない。
自分のブログの価値は自分自身で判断するものだ。
他人がどう評価しようと、書きたいように書けばいい。



長くなってしまったが、私が書きたかったのは以下だ。

ブログは広く開放されている。
素人でもこうして文章を公開することができる。
書いて読んでもらいたいと思うのなら、書いて公開しろ。
そのあとのことは気にするな。

ブログをはじめるにあたって私が書いておきたいこと。

まず書いておきたいのは、私はギークアルファブロガーアルファはてなーというものの存在をネット上で知っているが、憧れないし、そうなりたいと思わないということだ。
彼らの存在は認める。彼らの影響力や人をひきつける力というのは半端じゃないと思う。
それをすごいかと思うかというと、すごいとは思わない。
彼らもまた同じ人間だ。
彼らが与えるものが良くも悪くも強大で、つまりは他人に与えている分与えられているだけの話だと思う。
注目を浴びやすい人間というのはどこにでもいるものだ。ただそれだけだと思う。



勝ち組だとか負け組だとかそういうのにも興味はない。
そもそもそんな言葉は大嫌いだ。


私はネットはあまり詳しくない。
素人だ。
が、素人は素人なりに考えていることがある。


ネットはブログというツールで発信することを簡単にした。
簡単ということ程すばらしいというものはない。
老若男女誰しもが使えるツールであること。
それに勝るものはないと思う。


マニアックなツールは、マニアック好きが使え。
自分らが作って楽しめばいい。


シンプルな携帯というのが登場したようにシンプルなブログ、それでいい。


いずれは書こうと思うが、はてスタ、はてブも、面白いと思う者には面白いであろうが、
けまらしく消えて欲しい、あるいはどうでもいいと思うユーザも多いのではないかとそう私は推察している。はてスタ、はてブされたくないというユーザもいるであろうと。
つまり、私のように、書きたいから書いているだけだと。


コメントされたくないと思う自分もいる。
ブログは読み手と書き手との双方向のやりとりを実現したものではあるが、私は元々がひきこもり系ゆえ、他人にあれこれ言われることに慣れていない。
あれこれ言われたくないと思う自分がいる。


いいじゃないか。私はこういう考えを持っているんだと表明したいだけなのだ。


読みたいやつが読めばいい。


所詮素人が書いた文章だ。読んだとして時間の無駄かもしれない。
あるいは素人の文章でも何か得るものもあるかもしれない。


私が他人のブログを読むのは、素人でも心を揺さぶるインスパイアさせる文章に出会えるからだ。
プロやブログによる収入があるのならば、それ相応のレベルであってしかるべきだと思う。


素人が金ももらわず、あるいは金がからまないがゆえに書く文章を私は愛おしく思う。
世の中金がすべてじゃない。金があればどうにかなる、というものでもないと思っている。
しかしながら、金がなければどうにもならないということを否定するわけではない。



ネットに詳しいということでうんちくを語るやつは好きではない。
ネットに詳しいからなんなのだと言いたい。
ネットとりわけはてなにおける○○○祭、○○○アイドル、興味がない。
楽しいと思うやつだけで楽しめばいい。
私は私なりに楽しむ。私のやり方で。他人からそれをどうこう言われる筋合いはない。
つまり、自分で楽しめばそれでいいのだ。楽しみは自分で見つけるものだ。



素人の目線で、ひそかにこのWebのかたすみで、書きたいこと書いて残しておきたくため、ブログをはじめようと思う。