期待など裏切ってしまえ。

期待など裏切ってしまえ。
過激ではあるがそう思っている。


昨日早速コメントをいただいた。
昨日のエントリで書いたように、私はコメントされたくないと思っている。あれこれ言われたくないと思っている。
したがって昨日ブログ開設時にコメント欄を設けないことも考えた。
コメントをもらえば、褒めのコメントであるにしろ、批判のコメントであるにしろ、私に向けられた言葉として読む。
読めばなにかしら思うことがある。感じることがある。それが普通の人間の反応だろう。
コメントを読んだことによる影響がその後のブログの文章に皆無だとは言い切れない。


褒めのコメントは素直に喜び、また頑張って書こうと思うのが一般的だろう。
それもわかる。わからないわけではない。
が、褒めのコメントに期待のニュアンス「楽しみにしております!」という言葉が入ると、私は困惑する。


「はい、頑張ります。」と書くのはあまりにも簡単で、きれいごとすぎる。
そもそも想定どおりの受け答えなどつまらないとそのように考える人間だ、私は。
「楽しみにしております!」
「がんばります!」
陳腐すぎて笑える。
「がんばります」と言って、がんばるフリをするのはよくあるパターンだ。
とりあえず「がんばる」と言っておけば相手は納得するし、「がんばっているよ」と言えばそれで時間稼ぎは可能だ。
とにかく一応前向きであることを表明できる。便利な言葉だ。
前向きであることを非難するつもりはない。
が、期待に応えようと、よい文章を書こうと意気込むのはいかがなものか。



ぶっちゃけ書きたいように書かせてもらうと、
id:maname氏に捕捉されることは想定していた。
まなめ氏が管理運営されるニュースサイトまなめはうすではブログ論サイト論関係が紹介されている。そのことは私も知っている。
まなめ氏が巡回し、はてダで開設した拙ブログ(ぱらしゅーと)を発見してもおかしくはない。
まなめ氏の巡回能力から判断して拙ブログを発見することは、たやすいことのように思われる。
昨日の記事をエントリして誰かわからないがブクマされたことから、はてブ新着エントリに1userで上がったところを氏が発見したか、もしくはキーワードあたりで拙ブログがひっかかり、まなめ氏はアクセスされたのだと思う。(これはあくまでも私の類推であるが


話はそれるが、想定するということ、先の先を読むのが実は好きだ。
仮に、もしも、もしかしたらという想定をしたり、予想される事態を考えるのは、このうえなく楽しい。
そして、その想定、予想を見事に裏切られるのが好きだ。快感だ。
ミステリで思わぬどんでん返しを喰らったときの「してやられた感」が好きだ。
想定どおり予想どおりにコトが進んでしまうのは面白くない。
思わぬどんでん返し、想定外のことが起こるから面白い。
何が起こるかわからないから面白い。
勝負事もそうだし、人生何が吉とでるかわからない、だから面白い。

「楽しみにしております!」というのを「期待」という言葉に置き換えて、この記事を書かせていただく。実際期待などしていないのかもしれないが。


自分は期待されても書きたいことしか書かないし、第一、読み手に媚を売るような文章を書きたくない。
読み手が喜びそうな文章を想定して書くことはできるが、それは私が書きたい文章ではない。


読み手が期待するのは自由だが、それに書き手が応えられるとは限らない。
むしろ、応える必要はないように思う。
読み手が勝手に期待しているだけなのだから。
期待されても困る。


イチローですらヒットが出ないこともあるのだ。
プロで金をもらっているイチローでも打てないボールがあるのだ。


逃げの都合のいい言葉ではあるが、私は素人だ。プロではない。
ゆえに期待どおりの記事をエントリできるとは限らない。
むしろ期待を裏切る記事の方が多いかもしれない。空振り三振バッターアウトな記事の方が。


期待というと、私はいつもその危険性を危惧する。


期待すること、それは裏切られることにつながり、また期待されること、それはプレッシャーのはじまりだったりする。


よい記事を書こうと悩み、もがき、しかし、書けない、エントリできないと嘆くブロガーも多いだろう。


他者の目を意識するがゆえに苦しむ。
「なんだつまんねー記事」と思われることを恐れエントリできないブロガーもおそらくいるだろう。


そうして書けないままずるずると日にちが経って、というケースもあるにちがいない。


それを回避するには、期待を裏切ればいい。


期待に応えようとしなければいい。
期待してもご期待に沿えるような記事は書けませんよ、なに勝手に期待してるんですか、というスタンスで望めばいい。


とっとと期待を裏切ってしまえば、あとは楽になる。
なんだつまんねー記事。クソ記事だな、と思われても気にしないことだ。
所詮素人が書くブログだ。


開き直ってしまえばいい。開き直れば強くなれる。


ブログの文章がかっこつけた洗練された文章である必要はない。
理路整然とあるいは、小難しくインテリ風に書いたところで、読むのをやめる読み手が増えるだけだ。
自分が書ける文章を書けばいい。書いて公開すればいい。
下手に取り繕い、着飾る必要はない。ブログは文学ではない。暗喩の必要などない。
直球で行きたい。

ブログを続けたいのならば

読み手の期待に応える必要はない。

むしろ期待を裏切ってしまえ。

クソ記事をうpしてしまえ。

そうすれば楽になる。

期待なんかしてもムダだとわからせろ。

私は書きたいことを書くだけだと。

考えてもみろよ、期待に応えようとし、プレッシャーを感じ、あげく書けなくなってしまうなんてバカらしいだろ?